top of page
石州流とは

About SEKISHU RYU
大和小泉藩二代藩主であった片桐石州を流祖とする流である。
片桐石州は、千利休の長男千道安から桑山宗仙に伝わった利休流茶道を継承し、小堀遠州に続く将軍家指南として、徳川四代将軍家綱の茶の湯指導にあたった。
「剣は柳生、絵は狩野、茶は石州」と謳われ、全国諸大名間に石州流が最も隆盛を極めるに至った。
茶の湯は、利休・道安の流れをくむ禅味をおびたもので、身分格式を重んじ分相応を説く、武家流の流儀として
現在まで続いている。
無駄をはぶき理にかなった点前が特徴でもある。
石州流では世襲による伝承ではなく一貫して完全相伝制をとったため,多くの派を形成して伝流している。
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
略図
村田珠光→武野紹鴎→千利休→千道安→桑山宗仙→片桐石州
怡渓会について
About IKEI KAI
怡渓和尚により開かれた怡渓派は現代に入り、新発田の青木方寸庵、
新潟の坂井毎日庵らにより伝統を受け継ぎ、昭和16年に怡渓会が統一され、
更に同34年、組織改革をし、新潟を本部として、茶道石州流怡渓会として発足
出典 茶道石州流怡渓会 石州流怡渓会歴史より抜粋
怡渓宗悦→伊佐幸琢(2代目)→藤重藤厳→阿部休巴→溝口直諒→ 茶道石州流怡渓会
bottom of page